2011年11月28日月曜日

序: チェルノブイリについての厄介な真実

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※お断り: 当ブログ上に掲載する訳はあくまでも暫定訳であり、
出版される際にはさらに訂正・修正が加えられる可能性があります。
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アレクセイ・V・ネステレンコ(a)、ヴァシリイ・B・ネステレンコ(a)、
アレクセイ・V・ヤブロコフ(b)

a) ベラルーシ放射線安全研究所(BELRAD)、ミンスク(ベラルーシ)
b) ロシア科学アカデミー、モスクワ(ロシア)


1986年4月26日に起きたチェルノブイリ原子力発電所4号炉の爆発は、地球上の何百万、何千万もの人びとにとって、人生を二分するものになった。「事故前」と「事故後」である。チェルノブイリ大惨事では「リクビダートル」、すなわち現場で放射能漏出を食い止めようとした事故処理作業員が危険を顧みず未曾有の技術的危機に徒手空拳で立ち向かった一方、私たちの見る限り、公職者は卑怯な臆病ぶりを露呈し、何の落ち度もない住民が想像を絶する害を被る恐れがあることを警告しなかった。チェルノブイリは人間の苦しみと同義になり、私たちの生きる世界に新しい言葉を付け加えた――チェルノブイリのリクビダートル、チェルノブイリの子どもたち、チェルノブイリのAIDS(訳注1)、チェルノブイリの汚染、チェルノブイリ・ハート、チェルノブイリ・ダスト、そしてチェルノブイリの首飾り(甲状腺疾患)(訳注2・3)などである。

この23年間で、原子力発電には核兵器より大きな危険が潜んでいることが明らかになった。チェルノブイリのたった一つの原子炉からの放射性物質の排出は、広島と長崎に投下された爆弾による放射能汚染を数百倍も上回った。どこの国の市民もだれひとりとして、自分が放射能汚染から守られうるという確証を得られなかった。一つの原子炉だけでも地球の半分を汚染することができるのだ。チェルノブイリの放射性降下物は北半球全体を覆った。

いまだにわからないことがある。どれほど多くの放射性核種が世界に拡散したのか。「石棺」すなわち原子炉を覆うドームの中に、依然としてどれぐらいの放射能が残留しているのか。だれもはっきりとはわからないが、推計には幅があり、原子炉から放出された放射性核種総量の4%から5%にあたる50×10の6乗キュリーが残っているとするものから、原子炉は実質的に空であり、10×10の9乗以上が地球全体に広がったとするものまである(第1章第1節参照)。最終的に何人のリクビダートルが事故緩和処理にあたったのかすらわからない。旧ソ連国防省から出された1989年6月9日付けの命令が、守秘を命じたからだ(第2章第3節参照)。

2005年4月、大惨事から20年を迎えるのに先立って、第3回チェルノブイリ・フォーラム会合がウィーンで開催された。フォーラムに参加した専門家は、国際原子力機関(IAEA)、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)、世界保健機関(WHO)の代表と、国連、世界銀行、およびベラルーシ、ロシア、ウクライナ各国政府機関からの派遣者などだった。フォーラムの成果として、3巻からなる報告書が2005年9月に提出された(IAEA、2005年。国連開発計画(UNDP)、2002年。WHO、2006年。最新の要約版はIAEA、2006年を参照のこと)。

フォーラム報告書の医学に関する巻の基本的な結論によると、被害者は9,000人で、死亡あるいは放射線誘発ガンを発症したが、自然に発生するガンがあることを考慮した場合、「死亡の正確な原因を特定するのは困難だ」とされている。約4,000人の子どもが甲状腺ガンの手術を受けた。汚染地域ではリクビダートルと子どもたちに白内障の増加が見られた。汚染地域の住民のあいだに広がる貧困、被害者意識、運命論に基づくあきらめのほうが放射能汚染より危険だと指摘する者もいる。一部が原子力産業と結びついたこうした専門家は、総体的に見て、人びとの健康に対する悪影響はそれまで考えられていたほど重大なものではないと結論した。

これに反する立場を表明したのが当時の国連事務総長、コフィ・アナンだった。
――チェルノブイリは、私たちみなが記憶から消し去りたいと思っている言葉です。しかしながら、700万を超す同胞にとっては忘れたくても忘れられない。その人たちはあの出来事の結果、今も毎日苦しんでいます。……被害者の正確な数がわかることは決してありません。しかし、2016年、あるいはそれよりも早い時期に300万の子どもが治療を必要としているということは、深刻な病気の恐れのある人がそれだけいるということです。……そうした人たちは子ども時代だけでなく将来の生活も損なわれるでしょう。若くして亡くなる人も多いでしょう。(AP 2000年)

チェルノブイリの放射性核種によって汚染された地域に住む人びとは30億人を下らない。汚染地域の広さは、ヨーロッパの13ヵ国の面積の50%以上におよび、それ以外の8ヵ国の面積の30%に及ぶ(第1章第1節参照)。生物学的・統計学的法則にしたがえば、こうした地域では多くの世代にわたって悪影響が現れるだろう。

大惨事後まもなく、懸念を抱いた医師たちは汚染地域で疾患が著しく増えていることに気づき、支援を求めた。原子力産業とかかわりのある専門家は、チェルノブイリの放射線に関して「統計的に確かな」証拠はないと権威的に宣言する一方で、公式文書では、大惨事直後の10年間に甲状腺ガンの数が「予想外に」増えたことを認めている。ベラルーシ、ウクライナ、ヨーロッパ側ロシアの、チェルノブイリ事故によって汚染された地域では、1985年以前は80%の子どもが健康だった。しかし、今日では健康な子どもは20%に満たない。重度汚染地域では、健康な子どもをひとりでも見つけることは難しい(第2章第4節参照)。

汚染地域での疾病の発生が増えたことを、集団検診の実施や社会経済要因に帰すことは不合理だと私たちは考える。唯一の変数は放射能汚染という負荷だからだ。チェルノブイリの放射線の悲惨な影響には悪性新生物と脳の損傷、とりわけ子宮内での発育期間中に被る脳の損傷がある(第2章第6節参照)。

なぜ専門家の評価にこれほどの食い違いがあるのか。

理由はいくつかある。一つには、放射線による疾患に関して何らかの結論を出すには疾患の発生数と被曝線量の相関関係が必要だと、一部の専門家が考えているからである。これは不可能だと私たちは考える。最初の数日間、まったく計測が行われなかったからだ。当初の放射能レベルは、数週間から数ヵ月たってやっと計測されたレベルよりも1,000倍も高かった可能性がある。場所によって種類と線量が異なり、ときには「ホットスポット」を生じさせる核種の沈着を算出することも、セシウム(Cs)、ヨウ素(I )、ストロンチウム(Sr)、プルトニウム(Pu)などすべての同位体がどれだけ影響しているかを計測することも、あるいは特定の個人が食品と水から取り込んだ放射性核種の種類と総量を計測することも、不可能だ。

第二の理由は、一部の専門家が、結論を出すには、広島・長崎の被爆者の場合と同様、放射線総量に基づいて放射線の影響を算出するしかないと考えているからである。日本では原子爆弾投下直後の4年間、調査研究が禁止されていた。その間に、もっとも弱った者のうち10万人以上が死亡した。チェルノブイリの後も同じような死者が出た。しかし、旧ソ連当局は医師が疾患を放射線と関連付けることを公式に禁止し、日本で行われたのと同様、当初の3年間はすべてのデータが機密指定された(第2章第3節参照)。

独立した調査を行い、民族的・社会的・経済的には同一の特質をもちながら、放射線被曝の強度だけが異なるさまざまな地域について、人びとの健康状態を比較している科学者たちがいる。時間軸に沿った集団間の比較(縦断研究)は科学的に有効であり、こうした比較によれば、健康状態の差はまぎれもなくチェルノブイリの放射性降下物に帰される(第2章第3章参照)。

本書は、チェルノブイリ大惨事による影響の真の規模を明らかにし、記録しようとするものである。


<訳注>

1. チェルノブイリエイズ: 被曝により免疫機能が低下し、エイズ患者のように感染症を繰り返す状態。

2. 甲状腺疾患: 原子炉事故などで放出された放射性ヨウ素は身体に取り込まれると甲状腺に蓄積する。放射線により甲状腺細胞が傷害され甲状腺ガンのみならず、自己免疫疾患、甲状腺炎などの原因になる。特に発育過程の子どもは影響を受けやすい。

3. チェルノブイリの首飾り: 甲状腺ガンの手術の傷跡のことで、チェルノブイリ被曝者の象徴ともなった。


<< 訂正 >>

※12月6日、下記の箇所を訂正しました。

[第2段落]

この23年間で、原子力には核兵器より大きな危険が潜んでいることが明らかになった。→ この23年間で、原子力発電には核兵器より大きな危険が潜んでいることが明らかになった。

[第11段落]

場所によって変わり、「ホットスポット」も生じさせる核種の沈着を算出することも、セシウム(Cs)、ヨウ素(I )、ストロンチウム(Sr)、プルトニウム(Pu)など全同位体の付加量を計測することも、あるいは、ある特定の個人が食品と水から取り込んだ放射性核種の種類と総量を計測することも、不可能だ。

→ 場所によって種類と線量が異なり、ときには「ホットスポット」を生じさせる核種の沈着を算出することも、セシウム(Cs)、ヨウ素(I )、ストロンチウム(Sr)、プルトニウム(Pu)などすべての同位体がどれだけ影響しているかを計測することも、あるいは特定の個人が食品と水から取り込んだ放射性核種の種類と総量を計測することも、不可能だ。

2011年11月15日火曜日

第2章第5節 (6) 尿生殖路の疾患と生殖障害


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放射線被曝は、腎臓、膀胱、尿路ばかりでなく、卵巣と精巣にも直接の損傷を与える。しかし、卵巣と精巣は、直接的な放射能の影響だけでなく、内分泌攪乱を通じて間接的な影響も受ける。構造的ならびに機能的なこれらの障害によって生殖過程が損なわれる。

チェルノブイリの放射線による尿生殖路の機能の異変についてはいくつか研究例があるものの、深刻な異変のすべてを説明するに足る情報はいまだ存在しない。たとえば、放射線核種が体内に取り込まれた結果、女性の体内の男性ホルモンのレベルが上昇するのは予想外のことであり(Bandazhevsky, 1999 を参照)、また、各種の放射線核種が性成熟の速度に対して相矛盾する影響を与えることも予想されていなかった(Paramonova and Nedvetskaya, 1993)。

5.6.1. ベラルーシ

1. 被曝した両親から生まれた10歳から14歳の女子を1993年から2003年まで調査したところ、性成熟に有意な遅れがみられた(National Belarussian Report, 2006)。

2. 大惨事のあとに重度汚染地域で生まれた子どもたちは、汚染度が低い地域で生まれた子どもたちよりも生殖器の障害が多かった。その差は女児では5倍、男児については3倍だった(Nesterenko et al., 1993)。

3. チェルノブイリによって重度に汚染された地域では、コルチゾール、チロキシン、プロゲステロンといったホルモンの機能不全に関連した性分化障害、および身体発育障害のある子どもの数が増加した(Sharapov, 2001; Reuters, 2000b)。

4. ゴメリ州チェチェルスク地区(1平方キロメートルあたり5〜70キュリー)では、放射能汚染の度合いに応じて外性器の発達異常と性発達の遅れがみられた(Kulakov et al., 1997)。

5. 調査の対象となった102万6,046人の妊婦のうち、尿生殖路の疾病の発症率は汚染のひどい地域ほど有意に高かった(Busuet et al., 2002)。

6.   1991年と2001年を比べると、汚染地域に住む妊娠可能な女性の婦人科疾病の発生率と、妊娠中および出産の際の合併症の数に大幅な増加がみられた(Belookaya et al, 2002)。

7.   ゴメリ州チェチェルスク地区(1平方キロメートルあたり5〜70キュリー)では、 放射能汚染の度合いに応じて、婦人科疾病(妊娠中および産後の貧血症を含む)の罹病率と異常分娩の増加がみられた(Kulakov et al., 1997)。

8.   汚染地域では流産と、薬剤による人工妊娠中絶が増加した(Golovko and Izhevsky, 1996)。

9.   大惨事後まもなく、汚染地域に住む妊娠可能な女性の大多数に月経障害が起きた(Nesterenko et al., 1993)。婦人科の問題の頻発や初潮の遅れは、地域の放射能汚染の程度と相関関係があった(Kulakov et al., 1997)。

10.   1平方キロメートルあたり1〜5キュリーの汚染のある地域(ゴメリ市)に住む未産婦にみられる月経異常は、卵巣の嚢胞変性性変化と子宮内膜肥厚の増加に関連があった。卵巣の大きさは血清中のテストステロンの濃度と正の相関を示した(Yagovdik, 1998)。

11.   ゴメリ市、モギリョフ市、ヴィテブスク市では、1981年から1995年のあいだに子宮内膜症の発生率が2.5倍近くまで上昇し(外科治療を受けた女性が1,254人)、発症例はチェルノブイリ事故直後の5年間が最多であった。子宮内膜症に罹った女性の年齢は、汚染の程度が高い地域で、汚染の少ない地域より4歳から5歳若かった(Al-Shubul and Suprun, 2000)。

12.   汚染地域における原発性不妊症の数は、1991年に1986年の5.5倍に増加した。不妊症の明白な理由には、6.6倍に増加した精子異常、硬化嚢胞性卵巣(訳注1)の倍増、内分泌障害が3倍に増加したことなどが挙げられる(Shilko et al., 1993)。

13.  若い男性(25歳から30歳)におけるインポテンツと地域の放射能汚染の程度には相関関係があった(Shilko et al., 1993)。

「‥‥医師たちは次のように述懐する。『ある村で、泌乳(*)している12人の老齢の女性を見つけた。つまり、70歳を超える女性たちが、まるで授乳中であるかのように母乳を分泌していたのである。専門家たちが低線量被曝の影響について論争するのはいいが、一般人にとってこれは想像さえつかないことだ‥‥』」(Aleksievich, 1997)。
原注* 妊娠を伴わない母乳分泌(乳汁漏出症または高プロラクチン血症と呼ばれる)は、脳下垂体機能不全の表出の一種である。

5.6.2    ウクライナ

1.   汚染地域の子どもたちのあいだでの泌尿生殖器の疾病は、1987年には1,000人につき 0.8例だったが、2004年には1,000人につき 22.8例に増加した(Horishna, 2005)。

2.   1988年から1999年にかけて、汚染地域の住民における泌尿生殖器の疾病の発生率が2倍以上に増加した(Prysyazhnyuk et al., 2002)。

3.   汚染地域に住む母親から堕胎された胎児の骨組織において、アルファ放射性核種のレベルが有意に高い(Luk'yanova, 2003)。

4.   汚染地域に住む少女たちは思春期の発来が遅れた(Vovk and Mysurgyna, 1994)。汚染地域の1,017人の女児および十代の少女のうち、11%に性成熟の遅れがみられた(lukyanova, 2003)。

5.   ストロンチウム90(Sr-90)とプルトニウム(Pu)に汚染された地域では、思春期の発来が男子で2年、女子では1年遅れた。セシウム137(Cs-137)に汚染された地域では性発達の加速がみられた(paramonova and Nedvetskaya, 1993)。

6.   キエフ州ポレーシェ地区では、放射能汚染の程度(1平方キロメートルあたり20〜60キュリー)に応じて外性器の発達異常と性発達の遅れがみられた(Kulakov et al., 1997 )。

7.   避難者の子どもで、大惨事後に診察を受けた女児および少女1,017人(8歳から18歳)のうち、11%に性発達の遅れ(第二次性徴の発達不全、子宮発育不全、初潮の遅れ)がみられ、14%に月経機能障害があった(Vovk, 1995)。

8.   1986年に未成年で被曝した女性は、被曝しなかった女性に比べて出産時の問題が著しく多い(表 5.35)。

9.   1986年に未成年で被曝した女性から生まれた新生児では、被曝しなかった女性から生まれた新生児に比べ、身体障害の発生率がほぼ2倍に達する(Nyagy, 2006)。

10.   大惨事後8年間にわたって汚染地域で行われた1万6,000人の妊婦を対象とした調査の結果、次のことが明らかになった。すなわち、腎疾患の罹病率が12%から51%に増加し、羊水過少症が48%の増加。新生児呼吸器疾患が2.8倍に増加し、早産はほぼ2倍に増加。また妊娠30週から32週という通常より早い時期に胎盤劣化がみられた(Dashkevich et al., 1995)。


表 5.35 1986年に未成年で被曝した汚染地域に住む女性の出産に関するデータ
(Nyagy, 2006)


11.   キエフ州ポレーシェ地区では、放射能汚染の程度(1平方キロメートルあたり20〜60キュリー)に応じて、婦人科疾病の罹病率(妊娠中および産後の貧血症を含む)と先天性異常の増加がみられた(Kulakov et al., 1997)。

12.   リクビダートル(事故処理作業員)を父に持つ女児は思春期の発来が早まるとともにその期間が長く、第二次性徴に障害がみられた(Teretchenko, 2004)。

13.   十代の少年少女における慢性腎盂腎炎、腎臓結石、尿路疾患の発生率は、その地区の汚染の程度と相関関係にあった(Karpenko et al., 2003)。

14.   汚染地域における卵巣嚢腫や子宮筋腫を含む女性生殖器疾患の発生率は、大惨事後の5、6年間、有意な増加をみせた(Gorptchenko et al., 1995)。

15.   汚染地域では月経周期障害と診断される患者が多かった(Babich and Lypchanskaya, 1994)。汚染地域における月経障害の症例数は、大惨事以前と比較して3倍になった。事故当初の数年間は月経過多となり、5年から6年経過した後には月経の回数が減少または停止した(Gorptychenko et al., 1995)。被曝し、診察を受けた1,017人の少女のうち、14%に月経障害がみられた(Luk'yanova, 2003、Dashkevich and Janyuta, 1997)。

16.   女性リクビダートルおよび汚染地域に住む女性における胎盤の発育異常や変性は、胎盤に取り込まれたセシウム137の程度に相関した。観察された変化には、胎盤の厚さの不均等や線維瘢痕形成、嚢胞、石灰沈着、末梢絨毛間質における未分化、あるいは未熟な線維芽細胞などが含まれ、結果として新生児の低体重につながった(Luk'yanova, 2003、Luk'yanova et al., 2005、Ivanyuta and Dubchak, 2000、Zadorozhnaya et al., 1993)。

17.   大惨事後8年から10年経つと、避難者および汚染地域の住民のあいだで自然流産や妊娠後期における妊娠中毒症、早産、その他妊娠にまつわる異常の発生頻度が有意に増加した(Grodzinsky, 1999、Glubchykov et al., 2002、Kyra et al., 2003)。

18.   大惨事後8年から9年のあいだ、女性リクビダートルの月経障害の発生率が有意に増加した。若い女性(1986年から1987年当時の平均年齢が30.5歳)のうち、合計84%が被曝後2年から5年のあいだに月経過多症を発症した(41.2%が子宮筋腫、19%が乳腺線維腺腫症、16%が遅延性の高プロラクチン血症を伴う希発月経だった)(Bezhenar' et al., 1999)。

19.   大惨事当時に周閉経期にあった女性リクビダートルは早発閉経し(46.1± 0.9歳)、約75%に更年期症候群と性欲の減退がみられた(Bezhenar et al., 2000)。

20.   汚染地域に住む妊婦のうち、合計54.1%に子癇前症、貧血、胎盤の損傷がみられた(対照群では10.3%)。78.2%は出産時に合併症と過多出血があった(対照群の2.2倍。Luk'yanova, 2003、Sergienko, 1997, 1998)。

21.   キエフ州の重度に汚染された地域では特に流産が頻発した(Gerasymova and Romanenko, 2002)。汚染地域では自然流産が起こるリスクがより高い(Lipchak et al., 2003)。

22.   重度汚染地域の女性のあいだでは、流産や妊娠合併症、再生不良性貧血、早産の起こる頻度がより高い(Horishna, 2005)。

23.   汚染地域の住人で前立腺腺腫のある者のうちの約96%に、膀胱の尿路被覆上皮に前ガン病変が見つかった(Romanenko et al., 1999)。

24.   ドネツィク市で調査対象となったリクビダートルの夫婦250組のうち、59 ± 5%は被曝が原因で、また19 ± 3%は放射線恐怖症 (訳注2)が原因で性機能障害を経験した。別の研究によると、男性リクビダートル467人(21歳から45歳)のうち41%に精巣アンドロゲン機能の低下や、エストロゲンと卵胞刺激ホルモンのレベルの上昇などの性腺機能異常がみられた(Bero, 1999)。

25.   大惨事後7年から8年のうちに、リクビダートルの約30%に性機能障害と精子異常が起こった(Romanenko et al., 1995b)。

26.   チェルノブイリの大惨事が起きた当時とその後にベータ線とガンマ線を被曝したことが原因で慢性放射線皮膚炎を患う12人の男性のうち、ふたりは勃起不全を、その他の者はさまざまな性機能障害を報告した。ひとりは無精液症、ふたりは無精子症、ひとりは精子減少症で、精子数が正常な者は4人だった。3人に奇形精子の増加がみられ、3人に精子運動性の低下がみられた(Byryukov et al., 1993)。

27.   調査対象となったリクビダートルのうち、42%は精子数が53%減少し、可動精子の割合が低下(対照群が70〜75%であるのに対して 35〜40%)、死滅精子の数は対照群の25%に対して70%近くにまで増加した(Gorptchenko et al., 1995)。

28.   1986年から1987年にかけて作業に従事した男性リクビダートルの泌尿生殖器系疾病の罹病率は、1988年から2003年のあいだに10倍増となった。その内訳は、1988年には 1,000人あたり9.8例、1999年には1,000人あたり77.4例、2003年には1,000人あたり98.4例(Baloga, 2006)である。


表5.36 ブリャンスク州の、汚染度が1平方キロメートルあたり5キュリーを超える
地域の子どもの泌尿生殖器の罹病率(1,000人あたり)。
1995〜1998年。(Fetysov, 1999b、表6.1)


5.6.3 ロシア

1.   オリョール州のムツェンスク地区(1平方キロメートルあたり1〜5キュリー)とヴォルホフ地区(1平方キロメートルあたり10〜15キュリー)では、生殖器の発達異常および性発達の遅れと放射能汚染の程度に相関関係があった(Kulakov et al., 1997)。

2.   オリョール州のムツェンスク地区(1平方キロメートルあたり1〜5キュリー)とヴォルホフ地区(1平方キロメートルあたり10〜15キュリー)では、婦人科疾病の罹病率(妊娠中の貧血症、出産後の貧血、異常分娩を含む)は、放射能汚染の程度に相関した(Kulakov et al., 19997)。

3.   全体として、1995年から1998年までに行われた調査によると、ブリャンスク州の汚染地区の大部分で子どもの泌尿生殖器の罹病率が州全体のそれよりも高かった(表5.36)。

4.   1995年から1998年まで行われた調査によると、ブリャンスク州に住む成人の泌尿生殖器系疾病の罹病率は1ヵ所を除く全汚染地域で著しく増加した(表5.37)。


表5.37 ブリャンスク州の汚染度が1平方キロメートルあたり5キュリーを超える
地域における泌尿生殖器系疾病の罹病率(1,000人あたり)。
1995-1998年。(Fetysov, 1999a、表5.1)


5.   ブリャンスク州とトゥーラ州の重度汚染地域の何ヵ所かで、成人女性の泌尿生殖器系疾病の罹病率は汚染の程度に相関した(表5.38)。


表5.38 セシウム137で汚染されたトゥーラ州とブリャンスク州の一部地域の女性における、
生殖器系疾病と前ガン病変の発生率(Tsyb et al., 2006)


6.   リクビダートル(1986年から1997年に作業に従事)の家庭における自然流産の発生頻度は、リャザン州で事故後の最初の7年間に有意な増加がみられ(図5.9)、一般集団(4.6 ± 1.2%)の4倍(18.4 ± 2.2%)であった(Lyaginskaya et al., 2007)。

図5.9 1987年から1994年に行われた調査による、
リクビダートルの家庭(黒点)とリャザン州全体(白点)における
自然流産の発生率(単位は%)(Lyaginskaya et al., 2007)


7.   リクビダートルの家庭から届け出のあった妊娠件数全体のうち、合計18%が流産に終わった(Lyaginskaya et al., 2007)。

8.   リャザン州出身者で1986年に作業に従事したリクビダートルとその他の核産業従事者が、長期にわたって不妊症を患ったことが最近になってようやく明らかになった(Lyaginskaya et al., 2007)。

9.   大惨事の4年後、(診察の対象となった94人中)15%近いリクビダートルに、同年齢の男性と比較して死滅精子数の増加、精子の可動性低下、射出精液中の酸性ホスファターゼの濃度上昇といった有意な差異がみられた(Ukhal et al., 1991)。

10.  大惨事の翌年、リクビダートルの男性機能は顕著に低く、精子検査の結果、量的な基準値を満たさないものが42%、質的な基準値を満たさないものが52.6%に達した(Mikulinsky et al. 2002、Stepanova and Skvarskaya, 2002)。

11.   クラスノダール州に住むリクビダートルの精巣組織に病理形態学的な変質が発生し、被曝後まもなく精子形成に悪影響を及ぼす自己免疫性精巣炎が起きた。大惨事から5年後には精細管で、10年から15年後には間質組織でリンパ球浸潤が起きた。

12.   診察を受けた男性リクビダートルの半数は性交能力が低かった(Dubivko and Karatay, 2001)。


表5.39 リクビダートルにおける泌尿生殖器疾病の発生率の推移(1万人あたり)。
1986-1993年。(Baleva et al., 2001)


13.   男性リクビダートルにおける泌尿生殖器疾病の発生率は、1991年の1.8%から1998年の4%へと上昇した(Byryukov et al., 2001)。

14.   検査の対象となった50人のリクビダートルは精子の数が基準値よりも有意に低かった(Tsyb et al., 2002)。

15.   リクビダートルの泌尿生殖器系疾病の罹病率は、1986年から1993年までに40倍を上回る増加をみせた(表5.39)。

16.   116人のリクビダートルを検査したところ、3分の1に性交障害があった(Evdokymov et al., 2001)。

17.   検査の対象となったリクビダートルの計21%は、精子に可動性の低下と形態の変化がみられた。一部のリクビダートルの精子は、未成熟細胞を6%から8%含んでいた(基準値は1〜2%。Evdokymov et al., 2001)。

18.   リクビダートルにおける異常精子の発生率は、染色体異常の発生率に相関した(Kondrusev, 1989、Vozylova et al., 1997、Domrachova et al., 1997)。

19.   大惨事の5年から15年後、被曝線量の高かったクラスノダール地方のリクビダートルには、自己免疫性精巣炎および精巣組織の病変(精細管の50%近くにリンパ球浸潤と硬化症、間質組織の線維症その他)がみられた(Cheburakov et al., 2004)。

5.6.4. その他の国

1.   アルメニア(訳注3)。大惨事の10年後に調査の対象となったリクビダートルの大多数に精子形成障害がみられた(Oganesyan et al., 2002)。検診を受けたリクビダートルの子ども80人については、腎盂腎炎の発生率の上昇がみられた(Hovhannisyan and Asryan, 2003)。

2.   ブルガリア。チェルノブイリ原発事故後の妊娠高血圧症候群(妊娠中毒症)の増加は、放射線被曝線量の増加と関連がみられた(Tabacova, 1997)。

3.   チェコ共和国。チェコ共和国の領土のうち、チェルノブイリの放射性降下物の被害がもっとも大きかったボヘミアとモラヴィアでは、600ヵ月(1950年〜1999年)におよぶ対象期間中、1ヵ月間に生まれた男児の数に変化があったのは一度きりである。1986年11月に生まれた男児は、長期的にみた人口統計学的傾向から予測される数より457人少なかった(Perez, 2004)。大惨事当時に妊娠7週から9週だった新生児にこの減少が起きた。

4.   イスラエル。イスラエルに移住したリクビダートルの精子頭部は、同じく移住した同年代の被曝しなかった男性と比較して、量的な超微形態学的パラメータに関して有意な差異がみられた(Fischbein et al., 1997)。

5.   その他の国。デンマーク、フィンランド、ドイツ、ハンガリー、ノルウェー、ポーランド、スウェーデンでは、1982年から1992年まで行われた調査によると、新生児の性別比に大惨事による長期的な遅発性の影響が現れた。1987年には、男児の割合が性別のオッズ比1.0047 (95% CI: 1.0013〜1.0081、p < 0.05)で増加した。ドイツにおける1986年から1991年のあいだの男児の割合と、その地区における被曝線量のあいだにみられる明らかな関連は、年間1ミリシーベルト上昇するごとに性別のオッズ比1.0145(95% CI: 1.0021〜1.0271, p < 0.05)となって現れた(Frentzel-Beyme and Scherb, 2007)。

5.6.5 結論

チェルノブイリの放射性降下物に汚染された地域に住む成人男女および子どもたちにみられる泌尿生殖器の疾病が、時間の経過とともに、より広範に広がりつつあることは明らかである。生殖機能の不全はもっぱら心理的要因(ストレスの多さ)によると主張する者もいるが、精子の異常、生殖障害、子どもたちの先天性異常をストレスのせいにすることはむずかしい。チェルノブイリからの放射線照射が、リクビダートルや汚染地域に住む何百万人もの人びとの泌尿生殖器系疾病の罹病率と生殖機能に与えた悪影響は次世代へ、さらにその次の世代へと続いていくことだろう。


<訳注>


1. 硬化嚢胞性卵巣:卵巣の表皮が硬化し排卵しにくい状態にある卵巣。慢性無排卵等となり、卵巣から過剰のアンドロゲンが分泌され、多毛や月経異常等の症状が表われると考えられる。多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)、スタイン・レヴェンタール症候群ともいう。

2. 放射線恐怖症 :放射線や放射性物質に対する恐怖症をいう。恐怖症そのものは特定の具体的な対象に対して恐怖を抱き、心理学的および生理学的(例:慢性疲労、睡眠障害、情緒不安定、記憶障害、注意障害など)、時に社会的に恐怖に由来する過剰な反応を起こす状態をいう。精神医学的な身体症状(例:筋肉の硬直や痛み)を伴うこともある。近年は社会的な嫌悪や忌避の意の意味で用いられることがある。

3. アルメニア:アルメニア共和国。事故当時はソ連邦の一部で(91年に独立)、事故処理作業に多くの人が従事した。アルメニア共和国保健省の放射線医学研究所ではリクビダートルの健康状態を追跡調査している。

2011年10月2日日曜日

はじめに


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※お断り: 当ブログ上に掲載する訳はあくまでも暫定訳であり、
出版される際にはさらに訂正・修正が加えられる可能性があります。
ブログへのリンク、内容の引用・転載については、こちらをごらん下さい。
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本書執筆の第一の目的は、チェルノブイリ大惨事の影響を観察し、記録によって証拠づけた研究者の研究成果を、簡潔かつ系統立った形で提示することにある。私たちからみると、こうした分析の必要性は、2005年9月に国際原子力機関(IAEA)と世界保健機構(WHO)が『チェルノブイリ・フォーラム』報告として、『チェルノブイリの遺産――健康、環境、社会経済への影響、およびベラルーシ、ロシア連邦、ウクライナ各国政府への勧告(未訳)』(The Chernobyl Legacy: Health, Environment and Socio-Economic Impact and Recommendation to the Governments of Belarus, the Russian Federation and Ukraine, 2nd Rev. Ed., IAEA, Vienna, 2006, 50pp.)を発表して広く宣伝して以来、とりわけ高まった。なぜならこの報告は、事故の影響に関して十分に詳細な事実を欠いていたからである。

IAEA/WHO による『チェルノブイリ・フォーラム』報告をきっかけとして、チェルノブイリ大惨事から20年を迎える前に、グリーンピース・インターナショナルの主導で、おもにベラルーシ、ウクライナ、ロシアの多くの専門家がそれぞれ、チェルノブイリの影響に関する最新のデータや出版物を提出した(下記リスト参照)。グリーンピース・インターナショナルはこれとは別に、数百ものチェルノブイリ関係出版物と論文も収集した。こうした資料はアレクセイ・ヤブロコフが長年にわたって集めてきたチェルノブイリ文献に加えられた。[ A. V. Yablokov (2001) : Myth of the Insignificance of the Consequences of the Chernobyl Catastrophe (Center for Russian Environmental Policy , Moscow) : 112 pp. (ロシア語)]

チェルノブイリ大惨事から20年を迎える直前の2006年4月18日、A・ヤブロコフ、I・ラブンスカ、I・ブロコフ共同編集『チェルノブイリ大惨事――人の健康への影響(未訳)』(The Chernobyl Catastrophe–Consequences on Human Health、グリーンピース(アムステルダム)、2006年、137ページ)が出版された。この書籍には紙幅の関係で、前述の資料のすべては収めることができなかった。それゆえ、もとの資料の一部は、I・ブロコフ、T・サドウニチク、I・ラブンスカ、I・ヴォルコフ共同編集『チェルノブイリ大惨事の被害者への健康上の影響――学術論文集(未訳)』(The Health Effects of the Human Victims of the Chernobyl Catastrophe : Collection of Scientific Articles、グリーンピース(アムステルダム)、2007年)として出版された。2006年にはチェルノブイリ大惨事から20年を迎えるのを記念して、ウクライナ、ロシア、ベラルーシ、ドイツ、スイス、米国などの国々で数々の会議が開催され、炉心溶融(メルトダウン)事故の影響に関する新資料を含む多くの報告が出版された。そのいくつかを下記に挙げる。

The Other Report on Chernobyl (TORCH) [ I. Fairly and D. Sumner (2006), Berli , 90 pp.]

Chernobyl Accident’s Consequences : An Estimation and the Forecast of Additional General Mortality and Malignant Diseases [Center of Independent Ecological Assessment, Russian Academy of Science, and Russian Greenpeace Council (2006), Moscow, 24 pp.]

Chernobyl : 20 Years On. Health Effects of the Chernobyl Accident [ C. C. Busby and A.V. Yablokov ( Eds.)(2006), European Committee on Radiation Risk, Green Audit, Aberystwyth, 250 pp.]

Chernobyl. 20 Years After. Myth and Truth [A. Yablokov, R. Brau , and U. Water mann (Eds .)(2006), Agenda Verlag, Munster, 217 pp.]

Health Effects of Chernobyl : 20 Years after the Reactor Catastrophe [S. Pflugbeil et al. (2006), Ger man IPPNW, Berlin, 76 pp.]

Twenty Years after the Chernobyl Accident : Future Outlook [Contributed Papers to International Conference. April 24–26, 2006. Kiev, Ukraine, vol. 1–3, HOLTEH Kiev].

Twenty Years of Chernobyl Catastrophe: Ecological and Sociological Lessons [Materials of the International Scientific and Practical Conference. June 5, 2006, Moscow, 305 pp. (in Russian)]

National Belarussian Report (2006). Twenty Years after the Chernobyl Catastrophe: Consequences in Belarus and Overcoming the Obstacles. [Shevchyuk, V. E, & Gurachevsky, V. L. (Eds.), Belarus Publishers, Minsk, 112 pp. (in Russian)]

National Ukrainian Report (2006). Twenty Years of Chernobyl Catastrophe: Future Outlook. [Kiev].

National Russian Report ( 2006 ). Twenty Years of Chernobyl Catastrophe: Results and Perspective on Efforts to Overcome Its Consequences in Russia, 1986–2006 [Shoigu, S. K.& Bol’shov, L. A. (Eds.), Ministry of Emergencies, Moscow, 92 pp. (in Russian)]

チェルノブイリ大惨事の影響に関する学術文献は、現在、スラブ系言語で書かれたものを中心に三万点以上の出版物がある。数百万もの文書/資料が、さまざまなインターネット情報空間に存在している――叙述、回想、地図、写真などである。たとえば GOOGLE では1,450万点、YANDEX では187万点、RAMBLER では125万点が検索できる。チェルノブイリに特化したインターネットポータルも多数あり、特に「チェルノブイリの子どもたち」とチェルノブイリ事故処理作業従事者(いわゆる「リクビダートル」)の団体のものが多い。ベラルーシとロシアの研究機関が数多く参加して、学術文献要約集『チェルノブイリ・ダイジェスト(未訳)』(Chernobyl Digest)がミンスクで出版され、1990年までの数千の文献が注釈つきで収録されている。一方、IAEA/WHOの『チェルノブイリ・フォーラム』報告(2005年)は、WHO と IAEA によって、チェルノブイリ事故の影響に関する「もっとも包括的かつ客観的報告」と喧伝されたが、取り上げられているのは英語文献を中心にわずか 350点にすぎない。

本書で取り上げた文献のリストは約1,000本に上り、スラブ系言語で書かれたものを中心に 5,000以上の印刷物やインターネット上の出版物の内容を反映している。とは言え、チェルノブイリ大惨事の影響を扱った論文のうちに本書で取り上げなかったものがあることを著者一同あらかじめお詫びしておきたい――すべての論文を網羅することは物理的に不可能である。

本書の各章の著者は以下の通りである。

・第1章 チェルノブイリ汚染――概観 (A・V・ヤブロコフ、V・B・ネステレンコ)

・第2章 チェルノブイリ大惨事による住民の健康への影響 (A・V・ヤブロコフ)

・第3章 チェルノブイリ大惨事による環境への影響 (A・V・ヤブロコフ、V・B・ネステレンコ、A・V・ネステレンコ)

・第4章 チェルノブイリ大惨事後の放射線被曝への防護( A・V・ネステレンコ、V・B・ネステレンコ、 A・V・ヤブロコフ)

最終的な原稿は著者全員で調整し、著者全員が観点を共有している。何点か編集上重要な点をあらかじめおことわりしておく。

1. 個々の事実は、「原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)」によって長く認められてきた形式──段落ごとに番号をふった箇条書きの形式──で書かれている。

2. 「チェルノブイリによる汚染」「汚染」「汚染地域」「チェルノブイリの汚染地域」という語は、チェルノブイリ大惨事によって、放射性核種が降り注いだ結果、引き起こされた放射能汚染を意味する。「この地域の疾病の分布……」といった場合は、ある特定の地域の住民のあいだでの疾病の発生頻度を意味する。

3. 「大惨事」という言葉は、チェルノブイリ原子力発電所(ウクライナ)4号炉の爆発の結果、多量の放射性核種が大気中および地下水へ放出されたことを意味する。爆発は1986年4月26日に発生し、その後数日間、火災が続いた。

4.  放射能汚染に関する「弱い」「低い」「高い」「重度に」という 表現は通常、各地域の放射能汚染について公式に指定されたいくつかのレベルの違いを示す。「弱い」は1平方キロメートルあたり1キュリー未満(1平方メー トルあたり3万7,000ベクレル未満)、「低い」は1平方キロメートルあたり1〜5キュリー(1平方メートルあたり3万7,000〜18万5,000ベ クレル)、「高い」は1平方キロメートルあたり5〜15キュリー(1平方メートルあたり18万5,000〜55万5,000ベクレル)、「重度に」は1平方キロメートルあたり15キュリー以上(1平方メートルあたり55万5,000ベクレル以上)。

5. 「クリーンな地域」という用語は汚染地域に指定されていない地域を指す。ただし、大惨事直後の数週間から数ヵ月間、ベラルーシ、ウクライナ、ヨーロッパ側ロシア、ヨーロッパおよび北半球の大半で、事実上すべての地域が、チェルノブイリの放射性核種の降下物によって一定程度汚染された。

6. 汚染のレベル(量)は元の論文の記述にしたがい、1平方キロあたり何キュリーか(Ci/km2)または1平方メートルあたり何ベクレルか(Bq/m2)で表している。

本書の構成は以下の通りである。第1章では、チェルノブイリ事故によって放出され、おもに北半球に影響を及ぼした放射能汚染のレベルと特性を推定する。第2章では、チェルノブイリ大惨事による住民の健康への影響を分析する。第3章では環境への影響を実証する。第4章では、ベラルーシ、ウクライナ、ロシアに対するチェルノブイリの影響の過小評価について論じる。最後に全体を見渡しての結論と索引(オンラインでのみ利用可能)がある。

資料は膨大だが、本書に収めた情報ですべてが明らかになっているわけでは決してなく、新たな研究が発表され続けている。しかし、人類はこの史上最悪の技術災害がもたらした影響に対処する必要があり、それゆえこうしたデータを提示することにした。


本書が完成に近づいた2008年8月23日、ヴァシリイ・ネステレンコ教授が逝去された。教授はアンドレイ・サハロフと同じように偉大な人物であり、ソ連の移動式原子力発電所「パミール」の総設計技師や、ベラルーシ核センター所長としての原子力界での輝かしい職業的キャリアを捨てて、チェルノブイリの放射能の危険から人類を守る取り組みに生涯を捧げた。

アレクセイ・V・ヤブロコフ


*ポスト内で元文書にリンクを貼った文献について、各 URL は下記の通り。

『チェルノブイリ・フォーラム』報告として、『チェルノブイリの遺産――健康、環境、社会経済への影響、およびベラルーシ、ロシア連邦、ウクライナ各国政府への勧告(未訳)』(The Chernobyl Legacy: Health, Environment and Socio-Economic Impact and Recommendation to the Governments of Belarus, the Russian Federation and Ukraine, 2nd Rev. Ed., IAEA, Vienna, 2006, 50pp.)
http://www.iaea.org/Publications/Booklets/Chernobyl/chernobyl.pdf

[A. V. Yablokov(2001) : Myth of the Insignificance of the Consequences of the Chernobyl Catastrophe (Center for Russian Environmental Policy , Moscow) : 112 pp. (ロシア語)]
http://www.seu.ru/programs/atomsafe/books/mif_6.pdf

A・ヤブロコフ、I・ラブンスカ、I・ブロコフ共同編集『チェルノブイリ大惨事――人の健康への影響(未訳)』(The Chernobyl Catastrophe–Consequences on Human Health、グリーンピース(アムステルダム)、2006年、137ページ)
http://www.greenpeace.org/raw/content/international/press/reports/chernobylhealthreport.pdf

I・ブロコフ、T・サドウニチク、I・ラブンスカ、I・ヴォルコフ共同編集『チェルノブイリ大惨事の被害者への健康上の影響――学術論文集(未訳)』(The Health Effects of the Human Victims of the Chernobyl Catastrophe : Collection of Scientific Articles、グリーンピース(アムステルダム)、2007年)
http://www.greenpeace.to/greenpeace/?p=708

• Twenty Years after the Chernobyl Accident : Future Outlook [Contributed Papers to International Conference. April 24–26, 2006. Kiev, Ukraine, vol. 1–3, HOLTEH Kiev].
http://www.tesec-int.org/T1.pdf

• Twenty Years of Chernobyl Catastrophe: Ecological and Sociological Lessons [Materials of the International Scientific and Practical Conference. June 5, 2006, Moscow, 305 pp. (in Russian)]
http://www.ecopolicy.ru/upload/File/conferencebook_2006.pdf

• National Ukrainian Report (2006). Twenty Years of Chernobyl Catastrophe: Future Outlook. [Kiev] 
http://chernobyl.undp.org/english/docs/ukr_report_2006.pdf.




<< 訂正 >>

※ 11月22日、下記の箇所を訂正しました。

「重大な」→ 「重度に」





2011年8月23日火曜日

前書き


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※お断り: 当ブログ上に掲載する訳はあくまでも暫定訳であり、
出版される際にはさらに訂正・修正が加えられる可能性があります。
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チェルノブイリの大惨事が突如発生してこの世界を一変させてから22年以上がすぎた。壊れた原子炉から排出された放射性物質(訳注1)が生きとし生けるものすべての上に降り注ぎ、わずか数日のあいだに、大気も水も、花も木も森も川も、そして海も、人間にとって脅威の源と化した。北半球全域で放射能が生活圏のほとんどを覆い尽くし、すべての生き物にとって潜在的な障害の発生源となった。

当然のことながら、事故直後、一般市民は非常に激しい反応を示し、原子力工学に対する不信をあらわにした。多くの国が原子力発電所の新規建設中止を決定した。チェルノブイリの害を緩和するのに巨額の費用が必要となったため、原子力発電はすぐに“高くつくもの”になった。こうした反応は、多くの国の政府、国際機関、原子力技術を担当する公的機関にとって都合が悪く、そのため、チェルノブイリ大惨事で直接傷害を負った人々の問題、また慢性的な放射線被曝が汚染地域の住民の健康に及ぼした影響にどう取り組むかをめぐって、ねじれた二極化が生じた。

立場が両極端に分かれてしまったために、低線量被曝(訳注2)が引き起こす放射線学・放射線生物学的現象について、客観的かつ包括的な研究を系統立てて行い、それによって起こりうる悪影響を予測し、その悪影響から可能な限り住民を守るための適切な対策をとる代わりに、原子力推進派は実際の放射性物質の放出量や放射線量、被害を受けた人々の罹病率に関するデータを統制し始めた。

放射線被曝に関連する疾患が明らかに増加して隠しきれなくなると、国を挙げて怖がった結果こうなったと説明して片づけようとした。それと同時に、現代の放射線生物学の概念のいくつかが突如変更された。たとえば、電離放射線と細胞分子構造のあいだのおもな相互作用の性質に関する基礎的な知見に反し、放射線の影響について「しきい値のない直線的効果モデル」(訳注3)を否定するキャンペーンが始まった。また、人間以外のいくつかの生物組織で観察された低線量被曝の影響によるホルミシス効果(訳注4)に基づいて、チェルノブイリ程度の線量は実は人間にも他のすべての生き物にも有益なのだと主張し始める科学者も出てきた。

この二極化は、チェルノブイリの炉心溶融(メルトダウン)(訳注5)から20年を迎えた2006年に頂点に達した。この頃には、何百万人もの人々の健康状態が悪化し、生活の質も低下していた。2006年4月、ウクライナのキエフで、二つの国際会議があまり離れていない会場で開催された。一方の主催者は原子力推進派、もう一方の主催者は、チェルノブイリ大惨事の被害者が実際にはどのような健康状態にあるかを懸念する多くの国際組織だった。前者の会議は、そのおそろしく楽観的な立場に当事者であるウクライナが異を唱え、今日に至るまで決議は合意に達していない。後者の会議は、広大な地域の放射能汚染が住民の健康に明らかに悪影響を及ぼしているという点で全会一致し、ヨーロッパ諸国では、この先何年にもわたって放射線による疾患のリスクは増大したまま減少することはないと予測した。

私はずっと考えてきたのだが、今こそ、一方にはテクノクラシー(訳注6)の信奉者、もう一方にはチェルノブイリの放射性降下物(訳注7)にさらされた人々に対する悪影響のリスクを判定する客観的かつ科学的手法の支持者、という対立に終止符を打つときがきている。リスクが小さくないと信じる根拠には強い説得力がある。

1986年以降の10年間に関してソビエト連邦とウクライナの政府委員会が作成した事故当時の文書が機密解除され、その中に、急性放射線症(訳注8)で病院に運ばれた多くの人々のデータが含まれていた。その数は、最近の公式文書に引用されたものより二桁多かった。放射線被曝によって病気になった人の数を数えるのにこれほどの違いがあることを、どう解釈すればいいのだろうか。医師の診断がみな誤診だったと考えるのは根拠がない。鼻咽頭の疾患が広がっていたことは、メルトダウン直後の10日間にすでに多くの人が知っていた。どれほどの量あるいは線量のホットパーティクル(訳注9)が鼻咽頭の上皮に付着して、この症候群を引き起こしたかはわからない。おそらく一般に認められている数字よりも高かったのだろう。

チェルノブイリの大惨事による被曝線量(訳注10)を年間通算で推計するには、地表および樹木の葉に降下した放射性物質による被曝を考慮することが決定的に重要である。こうした放射性降下物に含まれた半減期(訳注11)の短い放射性核種(訳注12)が、さまざまな形の食品を汚染した。これらの核種のうち、いくつかの放射能値は、1987年になってもなお、セシウム137(Cs-137)やストロンチウム90(Sr-90)による汚染を上回っていた。したがって、セシウム137の線量尺度のみに基づいて被曝線量を算出する取り決めでは、実際の累積実効線量(訳注13)を明らかに過小評価することにつながる。内部被曝(訳注14)線量は、さまざまな地域で牛乳とジャガイモの放射能に基づいて規定された。ウクライナ領内のポレーシェ(湿原地帯)(訳注15)では、消費される食品のかなりの割合をきのこ類など森の収穫物が占めているが、その放射能は考慮されなかった。

細胞遺伝学的な効果を及ぼす生物学的効率は、外部放射線被曝と内部放射線被曝とで異なる。内部被曝のほうが大きな損傷を与えるが、これもまた無視された事実の一つだ。したがって、特に原子炉事故直後の一年に関し、被曝線量が適切に推計されていないと考えることには根拠がある。この結論は、大惨事後20年間の罹病率の増加に関するデータによって裏づけられる。何よりもまず、子どもの悪性甲状腺疾患に関して非常に具体的なデータがあり、これについては、病気の主因として「放射能恐怖症」説を支持する陣営でさえ否定していない。時が経つにつれて、潜伏期間の長い腫瘍性疾患、とりわけ乳ガンや肺ガンが増加した。

また、年とともに(放射線に起因すると考えられる)非悪性疾患(訳注16)が増加して、チェルノブイリ大惨事の被害を受けた地域の子どもの罹病率全体が高くなり、「実質的に健康と言える子ども」の割合が減り続けている。たとえばウクライナのキエフでは、メルトダウン前は90パーセントの子どもが健康とみなされていたが、現在その数字は20パーセントである。ウクライナ領内のポレーシェの一部では、健康と言えるような子どもは存在せず、事実上すべての年齢層で罹病率が上がっている。疾病の発生頻度は、チェルノブイリの事故以来、数倍になっている。心臓発作や虚血性疾患が増え、心臓血管系疾患が増加していることは明らかだ。これにともなって平均寿命が短くなっている。子どもと成人の両方で中枢神経系の疾患が懸念材料である。目の病気、特に白内障の発生数が急増している。強い懸念材料として、妊娠の合併症と、いわゆる「リクビダートル(チェルノブイリ事故処理作業従事者)」の子ども、および放射性核種高汚染地帯からの避難者の子どもの健康状態が挙げられる。

こうした説得力のあるデータがありながら、原子力エネルギー擁護派の一部はもっともらしさを装い、放射線が住民に及ぼした明らかな悪影響を否定している。実際に、医学や生物学に関する研究への資金提供をほぼ全面的に拒否したり、「チェルノブイリ問題」を担当していた政府組織を解体したりすることさえある。また原子力ロビーの圧力の下、官僚が学術専門要員をチェルノブイリに由来する問題の研究からはずして異動させた例もある。

生物学および医学の急速な進歩は、慢性的な核放射線被曝によって引き起こされる多くの疾病をいかに防ぐかを見出すうえで希望の源である。ウクライナ、ベラルーシ、ロシアの科学者と医師がチェルノブイリの大惨事後に獲得した経験を踏まえたならば、そうした研究ははるかに急速に進むはずだ。今日私たちに開かれている機会を逃すことは大きな過ちだろう。私たちは、偏りのない客観性が勝利を収め、その結果としてチェルノブイリ大惨事が人と生物多様性に及ぼした影響を見きわめようとする努力に全面的な支持が寄せられ、さらには私たちが今後、技術の進歩と、広く道義を重んずる態度とを身につけていく際、そうした客観性がよるべとなる――そんな日を目指さなければならない。その日が来ることを待ち望み、信じなければならない。

本書はおそらく、チェルノブイリが人々の健康と環境に及ぼした悪影響に関するデータを、もっとも多く広く包括的に集めたものである。本書の報告には、そうした悪影響は減少するどころか増大しており、将来にわたって増え続けることが示されている。本書の主たる結論は、「チェルノブイリを忘れる」ことは不可能であり、また間違っているということである。この先幾世代にもわたって、人々の健康も自然の健全性も悪影響を受け続けることになるだろう。

ディミトロ・M・グロジンスキー教授(生物学博士)

ウクライナ国立科学アカデミー一般生物学部長

ウクライナ国立放射線被曝防護委員会委員長

< 訳注 >

1. 放射性物質: 放射能をもつ(放射線を出す)原子を含む物質。自然に存在する放射性原子や、人工的に作られる放射線原子がある。放射性原子の構造は不安定で、放射線を出してより安定した状態になろうとする。放射線を出して(このとき核分裂を伴うこともある)安定に向かうことを崩壊という。崩壊の種類にはα崩壊やβ崩壊などがある。なお、一つひとつの原子についていつ放射線を出すかは分からない。多数の放射性原子の集団から出る放射線の量が半分になる時期を半減期という。

2. 低線量被曝: 低い放射線量による被曝。被曝の影響は吸収された放射線の量だけでなく、放射線の種類やエネルギーによっても異なる。

3. しきい値のない直線的効果モデル: LNTモデル。ガンや白血病などの発生確率は放射線の量に比例し、低線量の被曝でもこれ以下ならばガンや白血病がでないという境界の線量(しきい値)はないとする考え。ICRPは1977年に、人間の健康を護るために放射線を管理するにはもっとも合理的なモデルとして採用した。

※ しきい値: 放射線被曝の影響がそれ以下ならば出ないという境界の線量。


4. ホルミシス効果: ホルミシス説。低線量の被曝にもしきい値があり、大量に受ければ健康に害があってもごく微量であれば返って健康に良いとする説。科学的根拠はないとされている。

5. 炉心溶融(メルトダウン): 核分裂連鎖反応が急速に進んだり原子炉を冷やす冷却材が失われるなどの理由で、原子炉の温度が上がりすぎて炉心(放射性物質の巨大な塊)が溶ける深刻な事態のこと。歴史的に見て、溶融した炉心の核反応は制御し難く、核爆発にいたることもあり、核物質が周囲の環境に拡散する。

6. テクノクラシー: 技術官僚(テクノクラート)が強力な影響を持つ、あるいは支配する体制のこと。近代国家の戦争や国威発揚、経済競争に科学の成果は決定的な貢献をした。科学者を独占的に支配した官僚集団をテクノクラートという。技術官僚自身は高度の専門科学者ではなく、政策に協力する科学者の質や量や設備の拡充を推進する。

7. 放射性降下物 : フォールアウトまたは“死の灰”とも呼ばれる。核爆発や核事故により発生した原子雲や火球などには放射性粒子が含まれている。放射性物質を含んで落下してくるそれらの塵埃や水滴などを放射性降下物という。

8. 急性放射線症 : 被曝後すぐ、おおむね数日ないし3週間以内、遅くとも2~3ヵ月以内(急性期)に現れる嘔吐、白血球減少、小腸出血、脱毛などの症状。症状の重篤度は概ね被曝量と相関する。急性障害は一定の被曝線量(しきい値)を超えると、ほぼ確実に出現する。このような急性障害は確定的障害に属する。

9. ホットパーティクル: 核燃料の断片のこと。高放射性粒子ともいう。空気中に塵となって舞うこの高い放射能を帯びた粒子が肺に入ると、体内に吸収されや健康に深刻なダメージを与える。

10. 被曝線量: 人体が曝された放射線の線量。放射線に曝された線量すなわち吸収線量の単位はグレイ(Gy)だが、放射線の種類によって生物に与える影響が異なり線量だけでは言い表せないので、等価線量シーベルトになおすには生物効果の係数をかける。エックス線、ガンマ線、ベータ線は 1グレイ=1シーベルト、中性子線は1グレイ=5から20シーベルト、アルファ線は 1グレイ=20シーベルト。

11. 半減期: あるものの量がはじめの2分の1になるのに要する時間を半減期という。放射性核種から放出される放射線の物理的な半減期は、核種により異なり、たとえばヨウ素131は約8日、セシウム137は約30年である。生物学的半減期とは体内に蓄積した放射性核種から出る放射能の量が半分になる時間を言う。生物学的半減期は排泄によって物理的半減期より短いが、短さは物質によって異なる。

12. 放射性核種: 放射能を持つ核種のこと。原発の事故ではウランやプルトニウムやそれらの核分裂によって生じたさまざまな放射性核種が環境中に放出される。放射能をもたない核種のことは安定核種という。

13. 累積実効線量: 放射線被曝による影響は臓器や組織ごとに異なるということを考慮して算出した実効線量を、1年間(年度)ごとに合計した値。

※ 実効線量: 放射線被曝による全身の健康障害を評価する尺度の一つ。放射線照射の影響は臓器や組織ごとに異なるが、それらを考慮した算出方法である。単位はシーベルト(Sv)を用いる。


14. 内部被曝: 食物や塵埃などを通して体内に取り込んだ放射性物質が出す放射線による被曝。体内被曝とも言う。殆どの場合、除染はきわめて困難であり、健康への影響が大きい。骨髄に集積した放射線物質は放射線に感受性の高い造血臓器からの発癌確率を増大させる。

15. ポレーシェ: ウクライナ、ベラルーシ、ロシアの三国にまたがる広大な湿地帯(湖沼地帯)の名称。ポレーシェとはロシア語で湿地帯の意。チェルノブイリ原子力発電所はこのポレーシェのウクライナ側に位置している。水資源にめぐまれ、豊かな自然が広がる農村地帯だったが、事故で一帯が濃い放射能に汚染され、広い範囲が立ち入り禁止区域や危険区域に指定されている。ウクライナとベラルーシにはそれぞれ原語での呼称があるが便宜上ロシア語読みに統一した。

16. 非悪性疾患: 死を来す可能性のあるガンなどの悪性腫瘍疾患ではなく、肺炎や糖尿病といった感染・代謝・循環などの疾患一般のこと。


<< 訂正 >>

※9月1日、下記の箇所を訂正しました。

[9段落目]

細胞発生への影響が生物学的にどのような効率で起こるかは、外部放射線被曝と内部放射線被曝とで異なる。→ 細胞遺伝学的な効果に及ぼす生物学的効率は、外部放射線被曝と内部放射線被曝とで異なる。

(原文:The biological efficiency of cytogenic effects varies depending on whether the radiation is external or internal)について、原文の "cytogenic" は "cytogenetic(細胞遺伝学的)" の誤植であったことが判明したため、訳文を「細胞遺伝学的な効果を及ぼす生物学的効率は、 外部放射線被曝と内部放射線被曝とで異なる」と改めました。

2011年8月7日日曜日

お知らせ - 2

書籍版の出版社は岩波書店に決定しました! 
もちろん全訳。また、英語版にはない最新情報も追加される予定です。
刊行時期は年内のなるべく早い時期が目標です。ご期待ください。

※ なお、当ブログ上に掲載する訳はあくまでも暫定訳であり、出版される際にはさらに訂正・修正が加えられる可能性があることをお断りしておきます。


チェルノブイリ被害実態レポート翻訳プロジェクト 事務局

2011年7月12日火曜日

お知らせ

プロジェクトが発足して2ヶ月あまり、約 20名の翻訳者と、各方面の専門家のご協力を得て、作業が粛々と進んでいます。

311 から4ヶ月が過ぎた今も福島第一原子力発電所をめぐる状況、また事故による影響の実情は不透明であり、地域の住民の方々はもとより、日本全国の人が、子どもたちを守るため、放射能の影響についての正しい情報を求めています。

そこで当プロジェクトでは、訳書の出版に先立ち、内容が具体的な示唆に富み、私たち日本人に今すぐ役立つと思われる箇所を抜粋して、一足早く当ブログ上で公開することにしました。その第一弾をお届けします。

※ なお、当ブログ上に掲載する訳はあくまでも暫定訳であり、出版される際にはさらに訂正・修正が加えられる可能性があることをお断りしておきます。


チェルノブイリ被害実態レポート翻訳プロジェクト 事務局

第4章第13節 チェルノブイリの放射性核種を除去する

V.B. ネステレンコ、 A.V. ネステレンコ

【要旨】

毎年何万人ものチェルノブイリの子どもたちが(そのほとんどがベラルーシから)、外国で治療と健康管理とを受けるために故郷を離れる。チェルノブイリの汚染地区では多くの国々出身の医師たちが、史上最悪の技術災害の影響を少しでも小さくしようと無償で働いている。しかし、事故がもたらしたものは、規模においてあまりに大きく、また多岐にわたるので、チェルノブイリのような大惨事の長期的な影響には、世界のどの国であれ、一国だけで対処できるものではない。もっとも大きな被害を受けた国々、とりわけウクライナとベラルーシは、国連その他の国際機関からの、また民間の基金や支援団体からの援助に対して謝意を表明している。

チェルノブイリ事故による放射性物質の放出から22年を経ても、ベラルーシ、ウクライナ、ヨーロッパ側ロシアの高汚染地域では、放射能に汚染された土地の農産物の摂取を避けられないというまさにその理由で、一人当たりの年間線量当量限度(訳注1)は1ミリシーベルトを越えている。ベルラド研究所の11年間の経験により、子どもを放射能から効果的に守るには、子どもの介入基準値(訳注2)を公式の危険限界(訳注3)の30%(すなわち体重1キロにつき15〜20ベクレル)に設定しなければならないことが明らかになった。ベラルーシの高汚染地域に暮らす人々の体内に蓄積されたセシウム137(Cs-137)を全身放射線測定機(ホールボディカウンター・訳注4 )で直接測定すると、年間被曝線量は、少なく見積もられた公式の地域被曝線量一覧の3倍から8倍に達するのがわかる。

実践的な観点からいうと、アップルペクチン(訳注5)を含む栄養補助食品を手当てに用いることで、特にセシウム137の効果的な除去に役立つ可能性がある。1996年から2007年のあいだに、合計16万人を超えるベラルーシの子どもたちが、18日間から25日間にわたってペクチン含有補助食品の投与を受けた(1回5グラムを日に2回)。その結果、ペクチン性補助食品による1度の手当てごとに、子どもたちの臓器に蓄積されたセシウム137のレベルは平均30〜40%減少した。放射能に汚染された食物の摂取が避けられない状況において、人々を被曝から守るもっとも効果的な方法のひとつは、りんご、カラント(すぐり)、ぶどう、海草などを用いて様々なベクチンベースの栄養補助食品や飲み物を製造し、それを摂取して放射性物質を体外に排出することである。



汚染地域に暮らす人々の身体から放射性核種のレベルを減少させる基本的な方法は以下の三つ。第一に、摂取する食物に含まれる放射性核種の量を減らすこと。第二に、放射性核種の体外への排出を促進すること。第三に、身体に備わる免疫その他の防御系を刺激することである。

13.1.    食物に含まれる放射性核種を減らすこと

キノコ類や野菜などの食物の場合は、水に浸したり、茹でたり、塩漬けにしたり、ピクルスにしたりすることで、また牛乳やチーズの場合は脂肪分を調整することで、放射性核種の量を、食材によっては数分の一にまで減らすことができる。

被曝に対する抵抗力を高める補助食品を用いることで、身体が持っている自然免疫力を刺激することも有効だ。フリーラジカル(訳注6)の生成を妨げる、このような補助食品には、抗酸化性のビタミンAとC、微量元素のヨウ素(I)、銅(Cu)、亜鉛(Zn)、セレン(Se)、コバルト(Co)がある。これらの補助食品は被曝による有機物質の酸化(脂質過酸化反応)を防止する。免疫を刺激する栄養補助食品は各種あり、たとえば小麦などの植物のもやし、海藻(たとえばスピルリナ)、松葉、菌糸体などが挙げられる。

放射性核種の排出を促すために次の三つの方法が実行されてきた(Rudnev et al.,1995;Trakhtenberg,1995; Leggett et al., 2003)。

・    食品中の安定的な元素量を増やすことにより、放射性核種が体内に取り込まれるのを防ぐ。たとえば、カリウムやルビジウムはセシウムが体内に取り込まれるのを阻害し、カルシウムはストロンチウム(Sr)を、三価鉄はプルトニウム(Pu)の摂取を阻害する。

・    放射性核種を吸着する様々な栄養補助食品を用いる。

・    放射性核種を「洗い流す」ために、煎じた飲料やジュースその他の液体、および食物繊維を強化した食品の摂取を増やす。

放射性核種の除去(あるいは体内除染)とは、大便や尿などの排泄を介して、体内に取り込んだ放射性核種の除去を促進するために調整された薬剤を用いることである。放射性核種による極端な汚染に対する治療には、効果の高い特定の方法がいくつか知られている。たとえば、セシウムの除去には鉄化合物、ストロンチウム(Sr)にはアルギネート類や硫酸バリウム、プルトニウムにはイオン交換樹脂などである。これらの方法は、短時間で急激に汚染された場合には効果がある。しかし、ベラルーシ、ウクライナ、ヨーロッパ側ロシアのような、ひどく汚染された地域については事情が異なる。汚染地域では微量の放射性核種(そのほとんどがセシウム137)による日々の被曝を避けることは事実上不可能であり、食物を介して(最高で94%)、飲み水によって(最高で5%)、呼吸によって空気から(約1%)体内に取り込まれる。地元の農産物に高レベルのセシウム137が含まれているため、第一に子どもたちにとって、また汚染地域に住むすべての人々にとって、放射性核種の体内への蓄積はたいへん危険だ(第4章12節参照)。体内に取り込まれた放射性核種は、現在、汚染地域における公衆衛生を悪化させる第一の要因になっており、被曝の影響を減らす可能性のある方法はすべて用いるべきである。

子どもの体内に蓄積されるセシウム137が、体重1キログラムあたり50ベクレルに達すると、生命維持に必須の諸器官(循環器系、神経系、内分泌系、免疫系)、ならびに、腎臓、肝臓、眼、その他の臓器に病理的変化があらわれることが明らかになっている(Bandazhevskaya et al., 2004)。ベラルーシ、ウクライナ、ヨーロッパ側ロシアの、チェルノブイリ事故で汚染された地域では、この程度の放射性同位体の体内への蓄積は今日でも珍しくない(詳細は第3章第11節を参照)。そのため、可能なあらゆる手段を用いて、これらの地域に住む人々の放射線核種の体内蓄積レベルを低下させる必要がある。子どもと大人の食事内容が同じである場合、子どもは体重が軽く、また新陳代謝が活発なので、地元で生産された食材から受ける被曝線量は大人の5倍に達する。農村に暮らす子どもが受ける被曝線量は、都市部の同年齢の子どもより5倍から6倍も高い。

13.2.    ペクチン性腸内吸着物質(訳注7)による放射性核種の除去の結果

ペクチンは消化管の中でセシウムのような陽イオンと化学的に結合し、それによって大便の排泄量を増やすことが知られている。ウクライナ放射線医学センター(Porakhnyak-Ganovska,1998)とベラルーシ放射線医学内分泌学臨床研究所(Gres’ et al., 1997)の研究開発により、チェルノブイリ事故で汚染された地域の住民の食物にペクチン製剤を加えると、体内に蓄積した放射線核種の効果的な排泄を促すとの結論が導かれている。

1. 1981年、世界保健機関(WHO)と国連食糧農業機関(FAO)の合同食品添加物専門家会議は、2年間の臨床試験にもとづいて、ペクチン性腸内吸着物質の日常的な使用は効果的であり、かつ無害であると発表した(WHO, 1981)。

2. ウクライナとベラルーシでは、体内に蓄積した放射性核種の排泄を促す物質として、ペクチンをベースとする様々な製剤が研究されている(Gres’, 1997; Ostapenko, 2002; Ukrainian Institute, 1997)。水生植物(ゾステラまたはアマモという海草)から抽出されたペクチン基盤の製剤品は、市場ではゾステリン・ウルトラ(Zosterin-Ultra®)として知られるが、ロシアの原子力産業で集団予防に用いられていた。この、吸収されないペクチンであるゾステリンの血液注射は、栄養摂取や新陳代謝その他の機能には害を及ぼさない。経口用に液状にしたゾステリン・ウルトラは、腸内吸着性および血液吸着性を持つ、生物学的に生きている(言いかえれば治癒効果のある)補助食品として、ウクライナ保健省およびロシア厚生省により認可された(ウクライナでは1998年、ロシアでは1999年)。

3. 1996年、ベルラド研究所はセシウム137の排泄を促進するために、ペクチン性補助食品(フランスのメデトペクト(Medetopect®)およびウクライナのヤブロペクト(Yablopect®))にもとづく腸内吸着療法を開始した。1999年、同研究所はヘルメス社(本社:ドイツ、ミュンヘン市)と共同で、ビタペクト(Vitapect®)の名で知られるアップルペクチンを添加した合成剤を開発した。ビタペクトは粉末状で、ビタミンB1、B2、B6、B12、C、E、およびベータカロチン、葉酸を補った濃縮ペクチン(18%〜20%)と、カリウム、亜鉛、鉄、カルシウムなどの微量元素、および香料との化合物である。ベルラド研究所は、ベラルーシ保健省の認可を得て、2000年からこの補助食品を生産している。

4. 2001年6月から7月にかけて、ベルラド研究所は「ベラルーシのチェルノブイリの子どもたち」(本部:フランス)という団体と共同で、シルバー・スプリングス療養所(ゴメリ州(訳注8)スヴェトロゴルスク市)において、内部被曝の確認された615人の子どもたちに対し、対照用の偽薬(プラセボ)を用いた二重盲検法(訳注9)によるビタペクトの三週間の投与試験を行った(1回5グラムを日に2回)。ビタペクトを汚染されていない食物とともに与えられた子どもたちと、汚染されていない食事とプラセボを与えられた対照グループとを比べると、セシウム137は前者のほうがずっと効果的に減少した(表13.1とグラフ13.1を参照)。


表13.1.
  2001年、ベラルーシのシルバー・スプリングス療養所で、
計615人の子どもにビタペクトを21日間用いたところ、
セシウム137の濃度が低下した(BELRAD Institute Data)。



グラフ13.1.
 ビタペクト1回5グラムを日に2回、21日間服用すると、
子どもの体内のセシウム137による放射能レベルが低下する(Nesterenko, et al., 2004)。


5. 別のグループでは、セシウム137による放射能の相対的減少は、ビタペクトを摂取したグループで32.4% ± 0.6%、プラセボを用いたグループで14.2% ± 0.5%(p > 0.001)となり、セシウム137の体内での実効半減期(訳注 10)はペクチン摂取グループでは平均27日間だったのに対し、ペクチンを与えられなかったグループでは69日間だった。つまり、ペクチンを用いた場合の実効半減期の短縮率は2.4倍だった。この結果は、汚染されていない食物とともにペクチン添加のビタペクトを摂ると、汚染されていない食物のみを摂った場合に比べ、セシウム137のレベルを低減させる効果が50%高くなることを示している(Nesterenko et al., 2004)。

6.  7歳から17歳までの94人の子どもたちを、ホールボディカウンターで測定したセシウム137の汚染レベルによって、まず2つのグループに分け、ビタペクト1回5グラムを日に2回、16日間にわたって経口投与した臨床試験の結果、セシウム137の体内蓄積量において有意な減少がみられ、心電図も著しく改善した(EKG; Table 13.2)。

表13.2.
 セシウム137による汚染がある子どもで、ビタペクトによる手当てを受けた
2グループの心電図正常化の結果(Bandazevskaya et al.、2004)


7. 2001年から2003年にかけて、「ベラルーシのチェルノブイリの子どもたち」という団体(本部:フランス)、ミッテラン基金(本部:フランス)、チェルノブイリの子ども基金(本部:ベルギー)、およびベルラド研究所は共同で、ゴメリ州ナロヴリャ地区の13の村を校区とする10の学校に通う1,400人の子どもを手当てした。子どもたちはペクチン製剤ビタペクトの投与を年に5回繰り返す手当てを受けた。(訳注 11)その結果、ビタペクトを摂取した子どもたちの放射能汚染は、1年につき3分の1から5分の1に減少するのが明らかになった。ある村の手当て結果をグラフ13.2でご覧いただける。



グラフ13.2.
 ゴメリ州ナロウリャ地区ヴェルボヴィチ村に住む子どもたちの体内にある
セシウム137による放射能汚染の推移(体重1キログラムあたりのベクレル数)。
グラフはデータの平均値を示す。点線はビタペクトの摂取期間を示す(Nesterenko et al, 2004)。


8.  ペクチン性腸内吸着物質は、セシウム137だけでなく、生命維持に必要な微量元素まで除去してしまうのではないかと懸念されていた。2003年と2004年に、ドイツ連邦放射線防護庁(BfS)の支援を受けて、「ベラルーシの重度被曝の子どもたち」プロジェクトの枠組みの一環として、特別な試験が実施された。ベラルーシの3つの療養所(ティンバーランド、シルバー・スプリングス、ベラルーシ女子療養所)で実施したこの試験で、ビタペクトは、子どもたちの血液中のカリウム、亜鉛、銅、鉄の良好なバランスを損ねないことがわかった(Nesterenko et al, 2004)。

9.  「チェルノブイリの子どもたち」を支援するドイツ、フランス、イングランド、アイルランドのNGOの求めにより、ベルラド研究所は、外国で実施された健康プログラムに子どもたちが渡航する前と帰国後に、セシウム137の体内蓄積量を測定した。25日間から35日間、汚染されていない食事を摂っただけの子どもたちのセシウム137レベルが20%から22%程度低下したのに対し、これに加えてビタペクトによる1回の手当てコースを受けた子どもたちのセシウム137蓄積レベルは、さらに大幅に低下した(表13.3と表13.4)。

表13.3.
 2004年にフランスで実施された、46人の子どもを対象にした
30日間の手当て結果(BELRAD Institute Data)


表13.4.
 ベラルーシの子どもたちを対象に実施した、
ビタペクトによるいくつかの手当て結果(BELRAD Institute Data)


10. グラフ13.3は、ある1回の実験における放射能減少の度数分布を示す。ペクチンを摂取したグループにおけるセシウム137の相対的な減少は、それぞれ平均値で32.4%、中央値で33.6%だったのに対し、プラセボを与えられたグループにおける減少はそれぞれ14.2%(平均値)および13.1%(中央値)にとどまった。これは、ペクチンを摂取したグループの実効半減期が平均で27日間に短縮されたのに対し、プラセボを与えられたグループでは69日間であったことと合致する。


グラフ13.3.
 ベラルーシの子どもたちにビタペクトを投与した際に観察された、
セシウム137による体内被曝の相対的減少の発生頻度(Hill et al., 2007)


11.  グラフ13.4は、全身での残存率を表す関数モデルを二種類算出したものである(成人用)。最初の曲線は、t = 0の時点で食物を汚染されたものから汚染されていないものに切り替えた場合の結果を表しており、2番目は、t = 0の時点で汚染されていない食物への切り替えに加え、ビタペクトの摂取を始めた場合の結果を表している。観察された実効半減期の平均短縮率(69日間から27日間に減少)は、2.5倍に相当する。


グラフ13.4.
 レゲット(Leggett)らのモデル(2003)にもとづく、
理論上の放射能残留関数(成人用)。
上の曲線は汚染されていない食品の結果を示し、下の曲線は、ビタペクトの使用によって
吸着がさらに阻害される様子を示している(Hill et al., 2007)。


12.  1996年から2007年にかけて、合計16万人を越えるベラルーシの子どもたちが、ビタペクトの経口投与による18日間から25日間の手当てコース(1回5グラムを日に2回)を受けた。その結果、それぞれの手当てコース後に、セシウム137のレベルが平均30%から40%低下することがわかった。

ベルラド研究所は、その長期にわたる経験から、放射能に汚染された地域に住むすべての子どもたちが、従来からの食物の制限に加えて、経口用のペクチン性補助食品摂取コースを年に4回受けるよう推奨する。ベルラド研究所は過去11年間にわたり、32万7,000人を越える子どもの体内のセシウム137蓄積レベルを管理してきた。この活動によって、人々のあいだに恐慌が引き起こされたり放射能恐怖症に陥ったりするようなことはなく、むしろ人々に放射線射線防護についての知識を普及させるとともに、自分の健康に対する個々人の責任感を高めた。


13.3 直接測定にもとづく放射線射線防護の新しい原則

ベルラド研究所の11年間にわたる経験によれば、汚染された地域で実効性のある放射線射線防護を行うためには、公式の危険限界(すなわち体重1キログラムにつき15ベクレルから20ベクレル)の30%を、子ども用の介入基準値として確立しなければならないことは明らかだ。

1. ベラルーシの高汚染地域に住む人々の、セシウム137の体内累積量をホールボディカウンターで直接測った結果、牛乳10サンプルとじゃがいも10サンプルのセシウム137濃度をもとに作成された公式の地域被曝線量一覧は、個人の年間被曝線量を実際の3分の1から8分の1にまで小さく見積もっており、放射線射線防護を実効性のあるものにするにあたって、信頼できる数値ではないことがわかった。

2. 体内に蓄積された被曝線量を反映するセシウム137をホールボディカウンターで直接測り、そのデータにもとづいて、放射能に汚染された人々の本当の地域被曝線量一覧を作成しなければならないことは明白だ。この一覧は、ベラルーシ国内において、チェルノブイリ事故の影響を受けたすべての地域の住民から得た信頼に足るサンプルを用いて作成されるべきである。

3. ホールボディカウンターによる測定で得られたセシウム137の体内蓄積量と、医学的な評価を組み合わせることによってのみ、住人のあいだの罹病率の増加と放射性核種の体内蓄積量との因果関係(線量との依存関係)を知ることができる。今の時点でこのようなデータが得られるのは、ベラルーシ、ウクライナ、ヨーロッパ側ロシアの、チェルノブイリにより汚染された地域だけである。この情報は、放射線射線防護を計画したり人々を治療したり、ベラルーシにおける放射線被曝をできる限り小さくするために支援が必要だと国際社会を説得したり、またチェルノブイリ大惨事の影響の大きさを理解したりするために、重要な要素となりうる。


13.4  チェルノブイリの子どもたちにとって国際的な援助が特に効果的な分野

チェルノブイリで起きた炉心溶融(メルトダウン)規模の大災害による長期的影響に対して、一国のみで対処できる国は世界のどこにもない。もっとも大きな影響を受けた国々、とりわけ甚大な被害を被ったウクライナとベラルーシは、国連その他の国際機関からの、また民間の基金や支援団体からの援助に対して謝意を表明している。

毎年何万人ものチェルノブイリの子どもたちが、健康を改善するための治療を受けに外国に出かける。チェルノブイリの汚染地域では多くの国々出身の医師たちが、史上最悪の技術災害の影響を少しでも小さくしようと無償で働いている。事故の影響は規模においてきわめて大きく、また種類も多岐にわたるため、こうした支援の効果をいっそう大きくするにはどうすべきかが常に問われている。

食材と、汚染地域に暮らす人々の体内とに蓄積した放射性核種のレベルを監視すべく、大規模かつ長期にわたるプログラムを実施した経験にもとづいて、国際的プログラムおよび国内プログラムの効果を増大させるために以下の提言を行う。

・ 放射線核種の体内蓄積レベルとの関連において、様々な病気の発生頻度と深刻さを、特に子どもたちに関して解明するための共同研究。

・ 汚染地域のすべての住民一人ひとりに対する、特に子どもたちに対する定期的な放射線測定検査の実施。これを実現するには、ベラルーシ内の移動検査室を現在の8台から12台にまで、あるいは15台にまで増やす必要があるだろう。こうした定期的な放射線観察の結果を用いて、放射線核種の蓄積量が多く、生命に危険が及ぶような状態にある人々を特定するために、ウクライナやヨーロッパ側ロシアでも、ベラルーシと同種の方式による独立した実践的な科学センターないし臨床センターを設立すべきである。

・ 汚染された食物の摂取が避けられない状況下において、人々を(放射性物質の除去により)被曝から守るもっとも効果的な方法のひとつである様々なペクチンベースの補助食品や飲み物を、りんご、カラント(すぐり)、ぶどう、海草などを用いて製造し、投与する。

・ 放射線の管理のためにベルラド研究所が地域センターを組織してきた経験を活かし、独立した放射線の監視と、地元の食材の放射線管理とを行うこと。これは現行の公的なシステムに替えてではなく、それに追加してもよい。

・ 予防的な健康管理のために、経口用のペクチン性補助食品による定期服用コースの実施。

大惨事から22年を経ても、チェルノブイリ事故のひどい汚染を被った地域では、放射能に汚染された地元の農産物の摂取が避けられないために、国際的に許容されている個人の線量当量限度である年1ミリシーベルトを超えてしまうのが実情である。ようするに、放射性核種の蓄積レベルを下げる方法として最適なのは、汚染されていない食物だけを食べることだ。汚染されていない食物の入手が不可能な状況下では、吸収し、蓄積した放射性核種をできるだけたくさん取り除くために、放射線核種を吸着して体外へ排出させる補助食品を用いるべきである。

除去の効果について程度の差はあるが、放射性核種の吸着性を持つ食品がたくさんある。アルギン酸-アルギン酸塩(ほとんどは褐海藻から取れる)を用いた様々な種類の食品類はストロンチウムの減少を促し、また鉄やシアン化銅(たとえばフェロシアニドブルー)はセシウムの減少を促す。活性炭やセルロース、種々のペクチン類も、蓄積された放射性核種の吸着に効果がある。実践的な観点からいえば、アップルペクチンを含んだ補助食品を治療薬のように用いると、セシウム137の効果的な除染に特に役立つ。

私たちに何ができるか:

・ 乳牛に吸着剤を含む混合飼料を与えることによって(訳注 12)、また牛乳からクリームやバターを分けることによって(訳注 13)、被曝の主因となる農産物、すなわち牛乳に含まれるセシウムの濃度を減少させる。

・ 子どもと妊娠中の女性には、汚染されていない食材と、体内から放射性核種および重金属が洗い出されるのを促す補助食品を与える。

・ 現状で手に入る食材や地元の生活様式を考慮しながら、地元産の食材の放射性核種による汚染レベルについて、また住民(特に子ども)の体内の放射線核種の濃度について人々に知らせる。

・ チェルノブイリ事故で汚染された地域に住む人々が、ある程度効果的に放射能から身を守るために、放射線核種の定期的な除去を生活のなかで習慣化させる。

栄養補助食品や、種々のビタミンを含むペクチン製剤、微量元素を摂取すると、蓄積した放射線核種の除染にきわめて有効なことが明らかになった。



※ 当翻訳記事および訳注の著作権は『チェルノブイリ被害実態レポート翻訳プロジェクト』に帰属します。
全文の転載をご希望の場合は事務局(info [at] officemiki.com) までご連絡ください。
記事は予告なく改正・変更の可能性があります。

※ 本稿の翻訳には、田澤賢次教授(富山医科薬科大学 名誉教授)のご協力をいただきました。
この場を借りてお礼申し上げます。


<訳注>

1.  線量当量限度:医療被曝を除く、個人の被曝量の限度値。1977年、ICRPの勧告で定められた。一般人は年間1ミリシーベルト、職業人は50ミリシーベルト。

2.  介入基準値:ある地域や社会組織において、被曝に関係する一定のレベル(環境・体内・食物など)を超えた場合に、行政的な介入措置(指導・退去勧告・非汚染食物供給・除染作業開始・除染食品供給・そのほか)を開始する際の、基準となる数値

3.  危険限界:国際食品規格委員会、ICRPなどの国際機関や各国公的機関が、安全基準を超えたと判断した値や領域のこと。

4.  ホールボディカウンター:身体表面や人体内の放射能汚染(内部被曝)を、体外から測定する装置。おもにガンマ線を測る。各原発や放射線医学総合研究所等、日本国内に100台以上設置されているが、ほとんど活用されていない。

5.  アップルペクチン:りんごに含まれる食物繊維で、多糖類の一種。ジャムや化粧品、増粘剤など広く用いられる。セシウムの体外排出を促す働きがあると言われ、それはチェルノブイリで被ばくした子どもを対象とした調査でも実証されている。

6.  フリーラジカル:反応性の高い化学物質で、DNAや脂質などの細胞分子や、細胞の他の部分を損傷することがある。酸化ストレスとも言われる。老化や糖尿病、発ガンの原因の一つとして注目を集める。

7.  ペクチン性腸内吸着物質:ペクチンは食物繊維で、その性質には水溶性と不溶性がある。不溶性のペクチンには腸内の有害物質を吸着して排泄させる作用があることから、便秘や大腸ガンの予防効果、放射性物質の体外排出が期待される。

8.  ゴメリ州はロシア語読み。ベラルーシ語読みではホメリ州

9.  偽薬(プラセボ)を用いた二重盲検法:一方の被験者には薬効のある治験薬を、もう一方の被験者グループにはプラセボ(偽薬)を投与して行う効果比較対照試験のこと。被験者も医師も、どの被験者にどちらが投与されているかは知らない。

10.  実効半減期:放射能核種の物理的な半減期と、放射能が排泄等によって体外に排出されて半減するまでの時間(生物学的半減期)の両方から導きだされる生物体内の放射能半減期のこと。

11.  子どもたちは在宅のまま、1日2回、給食時と自宅での食事の際に21日間ずつの投与を年に5回3年間受けた。

12.  ベラルーシでは、セシウムを吸着して体外に排出する効果のあるペルシアンブルーを乳牛の飼料に混ぜている。

13.  放射性物質は水に溶けやすいので、クリームやバターに加工すると濃度を減らすことができる。牛乳をいったんクリームに加工し、それを汚染されていない水で牛乳の濃度にまで薄めた乳製品が牛乳の代わりに飲まれている。


<< 訂正 >>

※7月12日、下記の箇所を訂正しました。

[13.1]

・放射性核種を吸着する様々な栄養補助食品添加物を用いる。→ 放射性核種を吸着する様々な栄養補助食品を用いる。

[13.2]

2. ウクライナとベラルーシでは、体内に蓄積した放射性核種の排泄を促す物質薬剤として → 排泄を促す物質として

[13.3]

2.(略)この一覧は、ベラルーシ国内において、チェルノブイリ事故の影響を受けたすべての地域の住民から得た信頼に足るサンプリングを用いて作成されるべきである。→ サンプルを用いて作成されるべきである。

[ 訳注 ]

4. ホールボディカウンター:身体表面や人体内の放射能汚染(内部被曝)を、体外から測定する装置。主にガンマ線を測る。各原発や放射線医学総合研究所等、国内に100台以上設置されているが、ほとんど活用されていない。
おもにガンマ線を測る。各原発や放射線医学総合研究所等、日本国内に100台以上設置されているが、ほとんど活用されていない。

※7月13日、下記の箇所を訂正しました。

[ 訳注 ]

1. 一般人は年間1ミリシーベルト毎時、職業人は50ミリシーベルト毎時。 → 一般人は年間1ミリシーベルト、職業人は50ミリシーベルト

※7月16日、下記の箇所を訂正しました。

[13.3]

1. (略)個人の年間被爆線量を → 個人の年間被曝線量を

2. (略)体内に蓄積された被爆線量 → 体内に蓄積された被曝線量

※7月26日、下記の箇所を訂正しました。

【要旨】第2段落

危険限界(訳注3)(すなわち体重1キロにつき15〜20ベクレル)の30% → 危険限界(訳注3)の30%(すなわち体重1キロにつき15〜20ベクレル)

※8月4日、下記の箇所を訂正しました。

[13.3]

(第4章13節参照) → (第4章12節参照)

※8月7日、下記の箇所を訂正しました。

[全体]

ホメリ州 → ゴメリ州

[ 訳注 ]

8. ホメリ州はベラルーシ語読み。ロシア語読みではゴメリ州 → ゴメリ州はロシア語読み。ベラルーシ語読みではホメリ州

※8月30日、下記の箇所を訂正しました。

[13.4]

フェロシニアドブルー → フェロシアニドブルー

※9月13日、原著者の指示により、グラフ 13.2 を差し替えました。

2011年7月10日日曜日

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2011年4月26日火曜日

このプロジェクトについて


1986426日に起きたチェルノブイリ事故の被害をめぐっては、国連、IAEA(国際原子力機関)、WHO世界保健機構)などにより「直接的な死者は50人、最終的な死者は4000人」といった過小評価が公式化されてきましたが、実態ははるかに深刻です。なかでも、ゴルバチョフの科学顧問を務めたロシアの科学者アレクセイ・ヤブロコフ博士を中心とする研究グループが2009年にまとめた報告書『チェルノブイリ――大惨事が人びとと環境におよぼした影響』(Chernobyl: Consequences of the Catastrophe for People and the Environment)は、英語だけでなくロシア、ウクライナ、ベラルーシ現地の膨大な記録や文献から、犠牲者数を少なくとも985000人と見積もっています。



東日本大震災と津波が引き金となった福島原発事故により、私たちはチェルノブイリに匹敵する放射線被曝が日常化する時代を生きなければならなくなりました。フクシマ後の日本人がチェルノブイリ被害から学ぶには、その真相を知る必要があります。

このサイトは、一刻も早く本書の情報を日本語にしたいと願う翻訳者たちが、ヤブロコフ博士らと協力しながら出版までのプロセスを広く共有するために開設しました。翻訳作業に参加していただける人、放射線医学など専門分野のチェックを手伝っていただける方はこちらからご連ください。

星川 淳
作家・翻訳家
一般社団法人 act beyond trust 事務局長